シリコンバレーで4000億円のIPOを成功させたインド人が、あえて0からやり直す理由

シリコンバレーで成功するのはアメリカ人だけじゃない!シリコンバレー黎明期にかの地で創業し大成功を納め、現在は第二の会社を創業しその会社も好調というインド人シリアルアントレプレナーの軌跡と今後を。こんな人が日本人からもいつか出る日は来るのでしょうか? — SEO Japan

インド北部のルディヤーナーと呼ばれる街にある大学から、大学院のためにアメリカに移住した後、ベテラン起業家のGaurav Dhillonは気が付くとシリコンバレーにあるテクノロジー企業で働いていた。その直後、75,000ドルの助成金を手に、彼は自宅ガレージでシリコンバレーのやり方でベンチャーを始め、そのスタートアップを株式公開企業にまで成長させた。現在、Informaticaには50億ドルの価値がある。

IPOの成功の後、Dhillonは短い休暇を取ることを決め、南アメリカとアフリカを横断する旅をした。シリコンバレーに戻ってくると、SnapLogicを始め、サードパーティデベロッパーに異なるアプリケーションを一緒に“スナップする”プログラムをデザインしてもらうことによって、Appleがモバイル業界にしたようなことを企業ソフトウェアにした。他のエンドユーザーはこれらのスナップをSnapStoreで購入できる。もしくは、自分のデータプロセッシングの能力を向上するために所有者のコネクションを内部システムに組み込む。

アプリストアのビジネスモデルを通して、GaurayはSnapLogicを“データのスイス”として位置付けた―全く異なるアプリケーションが、簡単で現代的で同一の方法でスムーズにやりとりすることを可能にしているのだ。50億ドルのIPOの後に自分の会社を離れてもう一度最初から始めるにはどうしたらよいのだろうか?そう、最初に私は彼に尋ねた。何が彼を自分の国から離れてアメリカの学校に入る気にさせたのかと。

“私は、ソフトウェアをテーマにしたScientific Americanの特別号を読み、それが私に非常な大きな影響を与えた”とDhillonは言う。

“私は子供の頃から物を作ることが好きで、Sinclair Spectrum(初期のマイクロコンピュータ)のようなコンピュータキットで遊んでいた。私は、Smalltalkの開発者Alan Kayのような偉大な人の記事に心を奪われた。”

これは、Dhilonがアメリカのコンピュータサイエンスの大学院へ進むことになった数多くの影響の1つだった。大学院で2年間勉強した後、彼は、当時世界で2番目に大きなコンピュータ会社だったUnisysでのサマーインターンシップを手に入れた。彼はすぐに、自分がそこで大学よりも刺激的な仕事をしていること、学んでいることをに気が付き、留まることを決意した。

1992年、彼はアメリカ政府から75,000ドルという少額のビジネス助成金を受け取った。自宅のガレージからInformaticaをブートストラッピングしながら学んだことを振り返って、彼は言う。

“私が学んだ一番大切な教訓は、人がすべてだということ。それはテクノロジーそのものよりもずっと重要なことだ。もちろん、テクノロジーも優れていなければならないし、私たちにはそれに取り組む偉人がいた。しかし、私たちが教え込んだ文化は、私たちの成功にとって究極的に最大の鍵だったと思っている。”

Dhillonは、スキルが高いだけでなく彼らのフィールドで違いを作るという強い願望を持った人を採用したのだと言う。

“それに加えて、私たちの間には高い忠誠心があったため、チームは協力して仕事をし、お互いにそして礼儀とフェアプレイへの強い思いを持つ世界と相互に作用した。”

90年代初めのInformaticaのブートストラッピングのさなか、Dhillonは、メインフレームからPCと分散型クライアントサーバーシステムへの避けられない大きな変化を経験した。

“もう一つの教訓は、全体像について考える時間を取ることがとても大切だということ…Informaticaは、会社がメインフレームから離れてクライアントサーバーソフトウェアに移行することに数十年を賭けた。そして今、私たちはそれが間違いなく実現したのだと言うことができる…大部分の人がメインフレームは常に‘企業’の代名詞であると考えていたが、私たちはこの変化が起こると信じたため、その波に乗ったのだ。もし私たちがInformatica5年前もしくは5年後にやっていたら、それは早すぎもしくは遅すぎだったにちがいない。

“最終的に、私たちは業界がどこに向かっているかについての長年の信念の恩恵にあずかったのだ―どんな会社も直面する最も困難な期間の間でさえ。その間ずっと、私たちは一生懸命働き、自分たちのユーモアのセンスを持ち続け、毎日働くという十分な決意と根性をもたらした。”

1999年4月、InformaticaはNASDAQに上場したが、その後10年を昼夜なしで働いた後、Dhillonは次に移って何かまた作る時だと決意した。しかし、彼にはまず少し休みが必要だった。

“私はいつも、大学の後に1年間の休みを取って世界を旅行する友人をうらやましく思っていた。だから、私はついに自分がそれをするチャンスをつかんだのだ。”

彼は言う。

“私は探検することが好きなので、ラテンアメリカで多くの時間を過ごしてスペイン語を学び、アフリカではカメラを手に野生動物を追いかけた。私はその間に未来についてたくさん考えた。私は戻ってくると、素晴らしい女性と結婚し、今では素晴らしい娘がいる。”

彼はシリコンバレーに戻ってきた。そのことを彼は、“相変わらず伝染性があった”と言う。

“私がSnapLogicをひらめいたのは、インターネットが消費者の世界を変えたようにビジネス界を変え始めていた2006年のことだった。私は、人々が従来の企業アプリケーションの代わりに自分のビジネスのさまざまな部分を運営するためにウェブサイトを使うようになるだろうと考えた。面倒で複雑なクライアントサーバーソフトウェアよりも、軽くて速いアプリケーションだ。”

そこで、Dhillonは企業におけるコンピュータ使用をインターネットスタイルにシフトすることに賭けた(別名“クラウド”)。同じようにしてDhillonはメインフレームコンピュータの使用からの移行を目にし、今、彼は企業ソフトウェア業界が同様の再生を通過していると思っていて、SnapLogicが企業がクラウドに移行するのを手助けするパイプになるとだろうと断言している。

Informaticaとは別に、データ・インテグレーション業界のキープレイヤーには、Tibco、IBM、Oracleに加え、BoomiとCast Ironのようなクラウド・インテグレーションに焦点を合わせた中間市場企業もある。ちなみに、BoomiとCastIronはそれぞれDellとIBMの一部だとDhillonは私に言う。Dhillonは、彼の新しいスタートアップSnapLogicは、エンタープライズ・データ・インテグレーションとクラウド・インテグレーションが交差するベン図に位置する。

“インターネットの出現後、もっと重要な、クラウドの台頭の間に生じた唯一のエンタープライズクラス・インテグレーション会社として、SnapLogicはインテグレーションが進む場所である。”

彼は言う。

では、SnapLogicは何をするのか?SnapLogicは古い店舗システムを今日のクラウドソリューションと一体化し、異なるクラウドサービスをお互いにつなげることもする。“私たちはかなり典型的なスタートアップの課題に直面している”と、Dhillonは言う。

“製品ラインを動かし始めて良い顧客関係を持つようになると、成長を促進することがあなたの次の大きな課題となる。成長を成し遂げることはスタートアップにおいてはより難しい。なぜなら、あなたには広範囲のリソースがないからだ。あなたは全てのことに対してよく考えた賭けをしなければならない。”

Dhillonは、彼の1日は“適切な経済モデルは何か?適切な製品定義は何か?どうやって製品アーキテクチャと製品の価格決定を準備するか?一番の販売システムは何か?”というような疑問に夢中になっていると言う。しかし、Informaticaでの経験を振り返ると、人という因子が最高に重要であると言う。“私たちはいつも、全ての重要な職務に適切な価値を持つ適切な人を持っていることを確かめることに取り組んでいる。”

次は何をするつもりかと彼に尋ねると、彼は、それを見つけるにはあと10年くらいはかかると言った。

“私たちは、SnapLogicでこのチャンスを本当に手にし、私はPandra、Fusion-io、Ubuntu、Outback Steakhouse、Fox Newsのような素晴らしい顧客を持った成功に興奮している。2012年には、私が今日話したトレンドが加速することを期待しているし、世界中の企業がクラウド・インテグレーションを使ってデータとプロセスのサイロをつなげることを手助けすることを楽しみにしている。”

画像クレジット:Vitalii Nesterchuk&meunierd(shutterstockより)


この記事は、The Next Webに掲載された「What it takes to leave your company after an IPO and start all over again…」を翻訳した内容です。

「人がすべて」とはいっていますが、滅茶苦茶頭が良さそうな人なのは間違いなさそうですね。もちろん、頭が良いだけなら何人もいるわけですし、その上でというレベルの話なのでしょうけど。一人の外国人がシリコンバレーで成功を重ねた物語として、勇気を持って読めるお話でした。 — SEO Japan

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