コンテンツショックに対する6つの反論への反論

先日紹介したコンテンツショックに関する記事が想像以上に日本でも話題となりました。米国でも大きな論議を呼んだこの記事、その後様々な反論・意見が飛び交った後に筆者が改めて書き下ろした続編的な記事を今回は紹介します。 — SEO Japan


content shock dylan

今回の投稿では、以前投稿したコンテンツショック(日本語)に関する記事に対する主な反応を幾つか取り上げていく。この記事を読んでいない方のために、主な主張をおさらいしていく。

無料のコンテンツが爆発的に増えるものの、コンテンツを消化する能力には限界がある。その結果、ある時点で、適応を求める、そして、現行の戦略からのシフトチェンジを求める「経済的」なプレッシャーがシステムに生じる。すると、余裕がなくなり、参入 & 競争のコストが高まっていく。そして、最終的に現在のコンテンツマーケティングは、一部のビジネスにとって、経済的に有望な選択肢とは言えなくなる可能性がある。

個人的には単純な理論だと思う — 難解なコンセプトは一つもない。コンテンツの飽和、および、飽和に対する消費者の抵抗がもたらす仕組みを指摘したのは、私が初めてではないはずだ。

dentsu 1例えば、5年前、世界でも指折りの広告代理店に挙げられる電通はThe Dentsu Way を出版していたが、この本で著者は、大量のコンテンツに晒された消費者は、降り注ぐコンテンツを避けるために「殻」を作ると指摘するリサーチを紹介している。

コンテンツが増えると、消費者が持つ狭いフィルターを潜り抜けるのが、より難しくなる。形式にかかわらず、コンテンツはマーケティング戦略の一翼を担っている。一部の専門家の指摘とは異なり、コンテンツマーケティングは終焉したわけでもなければ、終焉に向かっているわけでもない。

しかし、分別ある経営者として、「理想」ではなく、「現実」に対応しなければならない。従って、私は問題を提起し、合理的に何をする必要があるかを検証している。コンテンツショックを取り上げた記事は、350本のコメント、数十本の電話とEメール、そして、少なくとも500点の関連するブログの記事、動画、ポッドキャストを生み出した。大半は肯定的な反応であり、正反対の意見を持つ人でさえ、私が提案した経済のシナリオに関しては否定していなかった。

この議論に参加した方に、この場を借りて、時間を割き、真剣に考えてくれたことに感謝の意を伝えたい。

反論に反論

出来れば、コメントを投稿してくれた人全員、および、ブログで取り上げてくれた人全員に対応したいところだが、仕事と家族と過ごす時間も大切にしたいため、一つの場所でまとめて、主な反論のテーマを取り上げることにした。皆さんの素晴らしいインプット、そして、コメントに対して私に出来る精一杯のお礼だ。反論には以下の6つの主なテーマが見られた。

  1. 優れたコンテンツは必ずスポットライトを浴びる。
  2. 優れたコンテンツをさらに作る取り組みはコストがかからないため、経済に関する前提は存在しない。
  3. 適切にマーケットを特定しているなら、コンテンツショックの影響は受けない。
  4. どれだけ多くのコンテンツがマーケットに存在したとしても、ニーズ、または、疑問がある限り、消費者は有益なコンテンツを見つけ、消化する。
  5. コンテンツマーケティングの世界においては、万人が平等であり「潤沢な資金」を持っているかどうかは関係ない。
  6. コンテンツショックの消費サイドの問題はテクノロジーによって解決される。

それでは、主な反対意見の見解を詳しく検証していく。

1) 優れたコンテンツは必ずスポットライトを浴びる

反対派は、「優れたコンテンツは必ずスポットライトを浴びる」ため、私が説明した経済面でのプレッシャーは影響をもたらさないと主張している。マーケティングの第一線で頑張っているなら、優れたコンテンツが必ずしも成功をもたらすわけではないことに既に気づいているはずだ。コンテンツがスポットライトを浴びるかどうか、そして、検索を通して見つけてもらえるかどうかは、以下のアイテムが複雑に絡み合って起きる化学反応によって決まる。

  • SEO
  • オーサーのオーソリティ
  • サイトのオーソリティ
  • ソーシャルシグナル
  • 配信チャンネル(有料および無料)
  • プロモーション(有料及び無料)
  • ブランドの知名度
  • キーワードの競争のレベル
  • オーディエンスの規模
  • 個人の検索履歴
  • 場所の関連度

— それと、コンテンツの品質。現在、「素晴らしいコンテンツ」は試合に参加するための入場料に過ぎない。世界の情報の壁を切り開き、見つけてもらうためには、様々な領域で戦略を実行しなければならない。

ある読者が見事にまとめてくれていた — 「良質なコンテンツは必ずスポットライトを浴びると主張する人達は、既に確固たる地位をマーケットで築いている連中だ。私を含むぎりぎりの生活をしているルーキーにとっては、どれだけ作業をこなしても、気づいてもらえるとは思えないのが現状だ。」

予算や人材が不十分ではないため、または、その他の成功の要素に継続的に力を入れることが出来ないため、多くの良質なコンテンツが、永遠に誰にも見てもらえず、冷遇されている。そして、情報の密度が高くなることで発生する経済的なプレッシャーにより、この問題は一部の会社をますます苦しめることになる。

2. 優れたコンテンツをさらに作る取り組みはコストがかからないため、経済に関する前提は存在しない。

既にコンテンツの作成に取り掛かっているなら、コンテンツショックの経済に耐える良質なコンテンツに新たに投資する必要はないと主張する人達もいる。 仮に、顧客に無料でランチを提供しているとする。さらに、来る日も来る日も顧客に美味しいスープを提供するため、スープ職人も雇ったとしよう。顧客はこのサービスを大いに気に入っている。もっと欲しいと言う声も上がっている。絶好調だ。

しかし、競合者が目を覚まし、無料で食べ物を提供すると顧客を魅了することが出来る点に気づき、シェフの集団を雇用し、豪勢なステーキ、サラダ、デザートを全て無料で顧客に振る舞うサービスを始めた。

すると、突然、店に足を運ぶ顧客が劇的に減る。大半の顧客は、質素なビュッフェから、競合者の豪華な料理に鞍替えしたためだ。そこで、才能豊かなスープ職人を呼び出し、「何が起きているのか分かっているのか?もうスープは要らない。ステーキと豪華な料理が必要なんだ。明日から豪華な料理を作ってくれ!」と命令する。

スープ職人は、シェフの集団に勝てるのだろうか?あるいは、別にシェフを雇わなければならないのだろうか?競合者の基準に達したとしても、競合者が再びハードルを上げ、今度はディナーを提供するようになったら、どうするつもりだろうか?

この例は、競争の激しい環境で「素晴らしい」サービスを提供するには、コストがかかることを証明している。コンテンツ版の軍拡競争が激化すれば、無料ではなくなるか、あるいは、あらゆるビジネスにとって継続が難しくなる。

ただし、スープ職人がキャリアを断念しなければならない、と言うわけではない。スープに対する新しいマーケットを見つけることも、スープを提供するための新しい手段を探すことも、包装を変えて、新たな場所で食べてもらうことも出来る。しかし、どんな戦略を採用するにせよ、現状維持は不可能であり、やがて、顧客を失う日はやって来る。マーケットでコンテンツの飽和に直面する可能性があるなら、状況を一変させるための方法を考えておく必要がある。

3. 適切にマーケットを特定しているなら、コンテンツショックの影響は受けない

コンテンツショックは、マクロなトレンドであり、全ての企業と業界に平等に当てはまるわけではない。マーケットがコンテンツの飽和に達する時、あるいは、達するかどうかは、多数の要因で決まる。だからこそ、コンテンツショックは「一部のビジネス」にインパクトを与える、と慎重に言葉を選んで説明している。

例えば、参入のコストが高いため、マーケットを独占しているなら、もしくは、知的財産の保護に成功しているなら、あるいは、その他の強力なアドバンテージを持っているなら、コンテンツショックの影響を受けることはないため、心配する必要はない。そもそも、コンテンツマーケティング自体、懸念を持つ必要がない。また、競合者が居眠りし、コンテンツの戦略を軽視しているケースも恵まれていると言える。このケースに該当しているなら、今のうちにチャンスを活かすべきだ。ちなみに、居眠りしている会社は非常に多い。

従って、真のニッチを独占する状況は、ビジネスにとって理想的であり、コンテンツショックへの妥当な防衛手段だと言える。

4. どれだけ多くのコンテンツがマーケットに存在したとしても、ニーズ、または、疑問がある限り、消費者は有益なコンテンツを見つけ、消化する

この主張は、コンテンツマーケティング戦争の勝者のみに当てはまる。その理由を説明していく。マーカス・シェリダンが投稿した良質な記事に返信する際、シェリダンの有名なスイミングプールのサクセスストーリーを、競争の激しい分野におけるコンテンツマーケティングの限界に例えて私は説明した。

バージニア州北部のプールの設置のマーケットにおいて、シェリダンの競合者は既にコンテンツショックに完全に直面している。ブログの記事を介して、マーカス・シェリダンと同じぐらい有益な情報を提供し、全ての顧客の疑問に答えたいと思っていても、もう手遅れだ。マーケットには、既にシェリダンが投稿した多数の素晴らしいコンテンツが存在するためだ。競合者のコンテンツマーケティング戦略は、長続きしない — そのため、別の取り組みを探す必要がある。

それでも、新しい形式、新しいプラットフォーム等に進出する場合、コンテンツはある程度の効果を発揮する可能性がある。しかし、疑問に答え、オーディエンスの役に立つ取り組みは、競合者に対する参入の障壁にはならないため、事実上、戦略とは呼べない。

理論上、同じリソースを持っているなら、コピーすることは可能だ。ただし、競合者が見つけてもらう取り組みが経済的に不可能になるほど、(マーカス・シェリダンのように)質の高いコンテンツでマーケットを埋め尽くすことが出来るなら、コピーは不可能である。皮肉にも、コンテンツマーケティング戦略を通して得られる唯一のアドバンテージは、コンテンツの飽和を発生させるまでアウトプットを増やし、競合者に対してコンテンツショックを発生させることが出来る点だ。

マーカス・シェリダンのような成功したコンテンツマーケッターにとって、コンテンツショックは問題ではなく、解決策である。

5. コンテンツマーケティングの世界においては、万人が平等であり「潤沢な資金」を持っているかどうかは関係ない

競争の激しい分野では、潤沢な軍資金と人材を抱える会社が、最終的に小規模な競合者を飲み込む、と私は主張した。一方、反対派は、優れたコンテンツは大手の企業に限られるわけではなく、事実、コンテンツマーケティングは小規模なビジネスに有利に働くと考えている。

当然だが、例外はある。また、「ジャイアントキリング」も存在する。しかし、コンテンツマーケティングの仕組みは単純だ — 顧客および顧客候補に見つけてもらう良質なコンテンツを多数作る。マーケットを満たすことが出来るなら、尚更良い。

資金を多く持っている会社は、通常、より質の高いコンテンツをより多く作ることが出来るだけでなく、有償で宣伝し、配信することが出来る立場にある。潤沢な資金を持つ者が常に勝つとは限らない。しかし、全ての条件が同じなら、小規模なビジネスを潰す。それは歴史が物語っている。

規模にかかわらず、あらゆる会社がデジタルの世界において、理想的なニッチを切り開くことが出来る — これはソーシャルウェブの長所だと私は思っている。しかし、一般論としては、条件が同じなら、リソースを最も多く持つ会社がマーケットを最終的に制するはずだ。

単純なことだ。勝つ上で有利な状況を作り出したいなら、資金の量は、競合者よりも多い方が良いか、あるいは、少ない方が良いか、少し考えれば分かるはずだ。

小さな会社が、大きな会社の裏をかく方法に関して、実は私は多くのアイデアを持っている。予算とは関係はない。例えば、小さな会社なら、コンテンツの量とリードの生成に力を入れるのではなく、感情を意識した交流に焦点を絞る方針を主に採用するべきだ。この戦略では、小さな会社は大きな会社よりも有利な立場にある…この点に関しては、別の機会で取り上げたいと思う。

6. コンテンツショックの消費サイドの問題はテクノロジーによって解決される

情報過多は今に始まったことではない点を根拠として、反論していた人達もいた。問題がないだけでなく、新しいテクノロジーにより、コンテンツをうまく絞り込み、さらに多くのコンテンツを消化することが可能になると指摘する声もあった。次の表を見てもらいたい。

Content consumption trends

2つの重要な傾向があることに気づいただろうか?

1) テクノロジーの革新が起きるごとに、コンテンツの消化量が等しく増えている — ラジオ、テレビ、インターネット。

2) 限りある時間がコンテンツで埋め尽くされている。事実、アメリカでは、8時間を睡眠時間として、24時間のうち、18時間が既に埋められている。

テクノロジー、特に装着可能テクノロジーと拡張現実が、今後も消化量を増やしていく点に関しては私も異論はない。しかし、既に平均で(アメリカの)消費者はコンテンツを10時間消化している。現実的な限界は12時間だろうか、それとも、15時間をコンテンツの消化に割り当てられるだろうか?

答えは私には分からない。元々の記事で、日常生活において消化するコンテンツの量は増え続けているため、誤って安心感を持つようになったと私は指摘した。つまり、コンテンツが増え続けても問題にはならなかった。なぜなら、需要もまた増え続けていたためだ。

ただし、コンテンツの消化量は永遠に増え続けていくと頑固に主張する人達の根拠が、私には理解出来ない。確かに、コンテンツの「フィルター」が改善されれば、より有益で、より関連するコンテンツに集中することは可能になる。

しかし、フィルターが改善されても、時間が増えるわけではなく、そもそも、赤字スレスレのコンテンツプロデューサーを否定する決断が早まるだけだ。そのため、「フィルターの主張」は、現状維持が一部のビジネスにとって不可能である点、そして、絞り込むフィルターが登場しても、今まで通りコンテンツを作り続けるためにコストが増える点を説明していることになる。

結論

ここまで辿り着き、オリジナルの記事に目を通してくれたのは、数少ない精鋭に限られる。

最後に、12月、Facebookの幹部の一人、リチャード・シムが、多くのブランドのFacebookのリーチ(コンテンツの視聴数)が年を追うごとに減っている理由を説明した際の発言を以て、今回の記事を締めさせてもらう — 「一般のユーザーがニュースフィードにアクセスすると、平均で1500点のストーリーをFacebookは表示させることが出来ます。その結果、ニュースフィードのストーリーを巡る競争は激しさを増しているのです。ページには配信における変更が加えられ、自然のリーチの減少が結果として現れるようになるでしょう」

まさにコンテンツショックだ。

この環境で勝つためには何をすればいいのだろうか?これこそが、プロのマーケッターが前に進む上で答えを出す必要のある問いだ。必ずしも憂鬱になる必要も、悲観する必要もない。供給と需要のサイクルは、ずっと昔から、自然、人間、そして、経済のシステムを支配してきた。それが現実だ。真正面から変化に向き合い、適応し、取り入れ、そして、進化する会社のみが生き残る。次にどんな展開が待っているのか私は楽しみにしているが、皆さんはどのように考えているだろうか?

情報公開 この記事で言及した日本の企業、電通は2013年、私のクライアントであった。 この会社に関する書籍へのリンクは、アフィリエイトリンクである。また、ブロガーのマーカス・シェリダンは、個人的に付き合いのある友人だ。グラフ内のデータは、様々な場所から集めているが、主にGlobal Web IndexCaratロス・ドーソンを情報源として活用した。冒頭のイラストは、Fan SIgn Generatorの作品である。


この記事は、{grow}に掲載された「Six Arguments Against Content Shock」を翻訳した内容です。

いきなり電通が登場したのには驚きましたが、内容はどれも納得いくものばかりでした。かつてのSEOやソーシャルメディアと同じで、黎明期、まだ取り組んでいる人が少ない時期は、導入も容易ですし、効果を上げることも比較的容易な場合が多いですが、皆が取り組むようになれば、成功の難易度もかかる費用も増していくことは自然の話です。コンテンツマーケティングの場合、日本で昨年急にブームになったといっても、そもそもブログやソーシャルメディア、SEOでさえも、コンテンツマーケティングの一環でもありますし、元々同じようなことに取り組んでいた企業やサイトは数多くありますし、そんな簡単な話ではないのもまた現実なのかな、と思います。もちろん本格的なコンテンツマーケティング時代はこれからと思いますし、真剣に取り組むことで、効果を発揮していけるケースも多く出てくると思いますが。今年、日本でコンテンツマーケティングはどれ位、花開くでしょうか? — SEO Japan
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