あのエイブラハム・リンカーンが1845年にFacebookの特許申請をしていた?!

エイブラハム・リンカーンといえば奴隷解放の父として日本でもお馴染みの16代アメリカ合衆国大統領です。今回、そのリンカーンがなんと今から150年以上前にFacebookを彷彿させるような特許を申請していた!という驚きのニュースが飛び込んできたので紹介します。アメリカ大統領唯一の発明家としても知られるリンカーンだけに気になるその内容はいかに。 — SEO Japan

あなたはこれをでっち上げることはできない。恐れを知らぬレポーター(もしくは単なる騒がしい歴史家)のNate St. Pierreが、イリノイ州スプリングフィールドの古い街を探った。彼はリンカーン博物館を回って、エイブラハム・リンカーンに関して書かれた“Springfield Gazette”に出会ったのだ:

Springfield Gazetteは1枚の紙で、全てがリンカーンについて書かれている。彼だけだ。他の人は、彼がその当時どんな人生を送っていたのかと連動してそのドキュメントに加わっただけだ。Gazetteの写真を見ると、上部左端に彼のポートレイト写真がある。彼の下のテキスト欄がいかに左側が切り落とされているかがわかる。スキャンの仕方がひどかったのは分かっている。しかし、彼の写真の左側とそのテキスト欄の上は、小さなボックスになっている。そして、そのボックスの中には3つのことが書かれている。彼の名前と、彼の住所と、彼の職業(法律家)だ。

彼の写真の下にある最初の欄には、その当時彼の人生に何が起きていたかについてたくさんの短い宣伝文が含まれている―彼が最近した仕事、家族が買った何冊かの本、彼の子供が作った新しいゲームなどだ。その次の3つの欄には、彼が好きな引用句と2つの詩とPilgrim Fathersに関する短いストーリーを共有している。彼がそれらをどこで手にしたのかは私には分からないが、どこからかコピーされたのだろう。最後の3つの欄では、彼はサーカスに行った時の話と大草原での今の生活についてちょっとした話を伝えている。

確かに、これは聞き覚えがある。プロフィール写真?Facebookのようなものだろうか?

リンカーンは、人々の情報を更新するためのこのシステムを特許を取ろうとしたが、拒否された:

リンカーンは、“人々が街の中の他の人に注意を向け続ける”ためのシステム“The Gazette”の特許を要請していた。彼は、全ての街がその街の名前を付けて独自のGazetteを持つという計画を打ち出した。彼は、Springfield Gazetteを、彼が話していたシステムの例、自分のVisual Appendixとして記載した。リンカーンは、それぞれの街が“全ての人が、自分の家族や仕事や様々な試みについて話す独自のページを持つ”ドキュメントを中心に集めたものを築くことを提案していた。

彼は、“それぞれの人が、自分のページを街全体に公開するか、関係の築かれた家族や友人だけに公開するかを決める”と提案を続けた。どうやら、このドキュメントを集めたものを監督する人がいて、彼はどうにかしてどのページが誰でも見ることができて、どのページが特定の人だけが見ることができるのかを知るつもりだったようだ(それについては申請書の中で明確ではない)。リンカーンは、これらのドキュメントは、街の中の誰もが自分の友人の生活に何が起きているかを“体内に存在することなく”知ることができるように、“適切な時もしくは必要な時にいつでも”更新することができると述べた。

あなたは、自分の街に住む一人一人が独自の新聞を持つことを想像できるだろうか?もしそうならたくさんの印刷版があったことだろう。しかし、これであなたも分かっただろう。167年前に、エイブラハム・リンカーンは、マーク・ザッカーバーグを既に越えていたのだ。

ソース: Nate St. Pierre, Britt Miller


この記事は、The Next Webに掲載された「Move over Zuck, Abraham Lincoln filed a patent for Facebook in 1845」を翻訳した内容です。

ワクワクしながら読み込んでしまった私ですが、、、実はこのニュース、米国のネット上で一気に大ニュースとなったのですが、実は完全なガセネタであることが既に発覚しています。。。訳してしまったのと 汗、ソーシャルメディアでの情報拡散の怖さを象徴する一例として紹介させてもらいます。しかし思わずリンカーンならありえる?!とか思ってしまうギリギリの内容で夢のある話ではありましたし、中々の策士だな、と変に感心してしまいました。 — SEO Japan
Page Top

投稿ナビゲーション